神保町よしもと漫才劇場を拠点に活動している芸人「9番街レトロ」の京極風斗(きょうごく・かざと)さんは、極端なほどに“0か100か”で生きている。なんてことない日常を楽しくするのも、つまらないものにするのも自分次第。ある雨の日の、彼の“ドキュメンタリー”は、どんな結末を迎えたのか……? 今日の自分をステキにデザインするための“京極風斗”的な方法をご覧あれ♡
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9番街レトロ・京極風斗
連載【0か100かで生きてゆく #3】
ー 僕は、今日の僕をデザインする。 ー

Illustration: Kazato Kyogoku
俺の目に狂いはない
グッドデザイン賞ってご存知ですか?
その名の通り、有形無形問わず良いデザインに贈られる賞で、それを受賞した製品にはグッドデザイン賞のロゴマークが貼られています。
赤く塗り潰されたマルの中に角ばった「G」が斜めに収まっているマーク。
ピンとこなければ「グッドデザイン賞」で検索してみてください。
こういうのを文で説明してこそのコラムなんですが。お互いその方が早いので検索してください。
元々知っている人も一旦検索してください。
昔とデザインが変わっているからとかではなく、読者の中に検索した人と検索していない人が混在するのが良くないからです。僕は公平な人間です。全員が検索してください。
そのマークです。
僕は雑貨店を愛しているのですが、店で商品を眺めていて、「これいいな」と思った商品にこのマークが付いていると嬉しくなってつい買ってしまいます。「俺の目に狂いは無い」となれるので。
実際その商品がグッドデザインであることに対して僕の存在なんて呆れるほど関係が無いのですが、なんとなく手柄の一部みたいな気持ちになれる訳です。
ある日のコンビニでもまた。
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「ありがとう」のためにするわけではない
僕は今、港区で家賃32,000円の部屋に住んでいます。
東京都の港区です。
0のつけ忘れではありません。三万二千円です。
裏の月極駐車場の方が高いです。
一応ひと部屋として借りているのですが、半ばルームシェアでして、岡田と佐野と3人で住んでいます。
岡田と佐野の説明は割愛します。
共用の玄関に傘が数本あるのですが、それぞれしっかりした人間ではないので、この本数はよく増減します。
傘の本数が人数を下回ると、僕が買い足すようにしています。岡田と佐野も同じように買い足しているのかもしれませんが、それぞれ気付いていません。
「ありがとう」のために、やっているわけではないので。
その日は夕方から雨の予報でしたので、「晴れているうちに陽を浴びておこう」と劇場まで歩いて向かうことにしました。
玄関にある2本の傘のうち、1本を取り家を出たのですが、道すがら手に持った傘を見た時に、「そういえば今玄関にある傘は残り1本だけだったな」と思い出し、もう1本傘を買う為にコンビニに寄りました。
そうですよね。帰りに買った方が良いですよね。
僕もそう思ったのですが、帰りは雨が降っている可能性がありますよね。
晴れている今なら、傘が濡れていないので持ったまま入店出来ますが、雨が降っている時は、店外にある傘立てに頼る他ありません。
しかし僕はあの傘立てを微塵も信用していません。
全人類が人生で一度は経験する程に、あの傘立てに立てられた傘は盗まれます。
盗まれますが、誰も被害届は出しません。傘なので。
つまりあの0.2畳は法の外にあるのです。
更に言うと、帰りは「早く家に着きたい」という気持ちから用事を忘れがちです。
ということで、覚えているうちに、法で護られるうちに、もう1本を買っておこうと思ったわけです。
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自動ドアのすぐ脇、コンビニにとって夕方からの雨は当然計算済みなのでしょう。恐らく普段よりも多くの傘がずらりと並んでいます。
基本的にはハンドル部分が黒い傘しか買いません。黒はかっこいいので。この感覚は中学の頃から変わっていません。
白しかないという理由で次のコンビニまで濡れたこともありました。
それぐらい黒じゃないと買いません。
そのコンビニには白も黒も置いてありました。
そして、その中にグレーがありました。
「マッ」
グレーです。
人は想定外な選択肢を突きつけられると「マッ」が出ます。
よく見ると色だけではなく形状も違う。
先端の部分がペットボトルキャップの様に広く平らになっており、万が一突かれても刺さらないようになっています。更に、傘を開く為の特有のボタンが存在せず、上下にスライドさせるだけで開閉できるようになっています。そして何より金属が使われていない。オールプラスティック。
そうです。錆びないのです。
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傘を手放す主な理由は3つです。
錆びるか折れるか盗られるか。
そのうちのひとつを消している。
これは凄いことです。
値段は1,000円と、他の傘よりは少々高いですが、十二分にその価値はありました。
手に取ってみると、グッドデザイン賞のマーク。
あぁ、やはり俺の目に狂いは無いんだ。
迷わず購入しました。
右手と左手に2本の傘を持ち、劇場までのなだらかな道をまるで登山の様に歩みました。
劇場出番が終わり家路につく頃、予報に反し、まだ雨は降っていません。
しかし折角のグッドデザイン傘。
是非使ってみたかったので、帰りも雨が降るまで歩くことにしました。
家まで残り半分くらいまで歩きましたが、なかなか雨は降りません。
右手にはグッドデザイン傘が1本。
左手はフリー。
あれ?
グッドデザイン傘に気を取られ、家から持ち出した傘を劇場に忘れてしまいました。
本当に可愛い奴です。
戻る訳にもいかないので、2本持ち帰ることは諦め、そのまま自宅を目指して歩きます。
先程も言いましたが、家は港区にあるので、少し遠回りすると東京タワーの真下を通ります。
お上りさんは東京タワーが好きなので、その日もそこを通るルートを選びました。
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綺麗すぎるドキュメンタリーの締めくくり
東京タワーの麓には車が何台か停まっており、その陰で線香花火をしているカップルがいました。
港区で花火をしていい場所なんて1平方ミリメートルたりともありませんので、正直良くないことをしているのですが、少し羨ましくも思いました。
夏。東京タワー。線香花火。
女子大生の検索履歴みたいな単語で脳が埋まります。
こいつらはこのシーンを一生忘れないでしょう。
ある衝動が脳裏を掠めます。
「そのシーンに混ざりたい」
エキストラでもいい。
彼らがこの日を思い出す時に、必ず僕の顔が出てくるようにしたい。
僕は、今日の僕をデザインする。
あまり考えるとやめてしまいそうだったので、衝動に身を任せたまま「雨、降りますよ」とそのカップルに傘を差し出しました。
エキストラでもいいと思っていたあの頃の僕はどこかへ行き、さもキーパーソンの様な面持ちで残り一本の傘を。
カップルは一度顔を見合わすと、僕の方に向き直り口を開きます。
『車なので大丈夫です』
車なので大丈夫ですよね。
丁寧に断られましたが、目的は達成しています。
「自分の親切によって雨に濡れる僕」を演出することが目的なので、実際に傘を受け取って貰えたかどうかは重要ではありません。
濡れる理由が、「親切」から「哀愁」になっただけです。
何より彼らは僕の顔を忘れない。
最高のタイミングでポツポツと雨が降り出しました。
『人に振られて、雨に降られる。』
ドキュメンタリーの締めくくりとしては、綺麗過ぎるぐらいじゃないですか。
僕の行いと、彼らの判断に、グッドデザイン賞を。
僕は右手の傘を畳んだまま、家へと帰るのでした。
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連載『9番街レトロ・京極風斗の0か100かで生きてゆく』は第2・4水曜日に更新!

Photo by: Ryo (Kotora)
1995年8月9日生まれ。大阪府出身。吉本興業所属のお笑いコンビ。2019年4月1日に9番街レトロを結成。神保町よしもと漫才劇場を拠点に活動中。
コンビのYouTubeチャンネルは毎日更新!
個人チャンネル「京極風斗の道楽ちゃんねる。」ではアートとインテリアを軸に、好きなことを週2(月・木曜)で配信。絵が得意で、自らデザインしたオリジナルグッズをSUZURIで販売している。
Photo: Ryo (Kotora) Text & Illustration: Kazato Kyogoku