ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたコラムをもとに、様々な愛にまつわる物語をオムニバス形式でドラマ化した『モダンラブ』。2019年にアメリカで製作され大ヒットしましたが、このたび、その東京版『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』が Prime Videoにてスタートすることに。その中の1話『私が既婚者と寝て学んだ事』に出演している柄本佑さんに、愛についてとことん伺いました!
2人の間に心地よい空気が流れるまでは何度も何度も練習をした

衣装/サスクワァッチファブリックス
――柄本さん演じる圭介と、榮倉奈々さん演じる加奈は、すれ違いが原因で離婚した元夫婦。それゆえまだお互いを大切に思っています。ドラマ内で2人の間に流れる空気には非常に心地よいものがあって印象的だったのですが、あの空気感はどのようにして生まれたんでしょう?
柄本 あれは榮倉さんと僕が作用し合って生まれたというよりも、明らかに廣木隆一監督の演出によって生まれたものです。常に廣木さんは、男女であろうが同性同士であろうが、その間に流れる空気感を大事にされているんですよ。もちろん「あれは芝居じゃない」と言うと嘘になりますが、廣木さんは芝居めいたことを非常に嫌うので、2人の間に心地よい空気が流れるまでは何度も何度も練習をして、それが出たときに初めて本番を回すという感じなんです。だからあれは、僕と榮倉さんが話し合ったり何か意識して、というよりは、廣木演出によるもの。だけど、僕と榮倉さんは10代のときに一度共演して以来なんですけど、そんなに距離が遠いということもないので、それもちょこっとは関係あるかもしれないです。
――ある意味、自然なようで計算されている空気感でもあったんですね。
柄本 そうですね、テストを重ねていく中でこういうふうにやっていこう、と。でも廣木監督は、あざとく何かをするとすぐに見分けて「それやめろ」と言うんですよ。なので廣木監督の前で芝居をするというのは非常に緊張するんですけど、一方で絶対的な信頼もあるので、安心感も大きいですね。
――加奈と圭介は離婚後もお互いを大事に思い、労わり合っています。不思議な関係性だと思うんですけど、柄本さんはどう思われました?
柄本 僕は普段、あまり脚本に書かれている関係性にあれこれ思ったりするほうではないので、そこまで深く分析はしなかったんですけど、でもこういうことがあるから、世間でよく聞く元サヤということがあるのか、とは思いましたね。元サヤってたまに話を聞くと、「じゃあなんで別れたんだろう?」とか思ったりするんですけど、この物語に触れて、「なるほどな、こういうことがあるんだな」って、どこかでそこがつながった気はしましたね。
――元サヤって、一度上手くいかなかったんだからまた同じことを繰り返すだけ、という見方もあります。柄本さんはどう思われていますか?
柄本 でもやっぱり、お互いがお互いのことをよく知っているというのは安心感がある気がして。で、一度離れて、その安心と信頼みたいなことに気付いてまた戻る、ということは意外とあるんじゃないかなあと思いますね。
――このドラマはニューヨーク・タイムズに掲載されたコラムが元になっていて、離婚した女性が「なぜ男性は妻がいながら他の女性と寝るのか?」ということを探っていく物語になっています。男性から見て、加奈のこの心理はどう思われました?
柄本 加奈は離婚後、セックスと愛の関係を知るために既婚者と関係を結ぶわけですが、おそらくそこには、離婚をしているから、ということが大きく一個あるんじゃないでしょうか。離婚をしているからそういうことが知りたくなって、そうして探っているうちにまた安心できる場所に帰っていきたくなる……。だから加奈的には、一段ステップアップしているんじゃないかと思うんです。離婚がいい形でステップアップさせてくれている。何か、いい離婚?というか……。
――たしかにある意味、離婚が理想的に作用したパターン、とも言えますよね。
柄本 分かんないですけど、離婚がなかったらおそらく加奈もそんな男性の心境を知りたいと思わなかっただろうし、そもそも結婚している状態だったら怖すぎてなぜこんなことをするのか聞けない気がするし。一度離婚しているからこそそういった心理に素直に興味を持つことができて、興味を持ったからこそお互いの本音に向き合えて、また圭介の元に戻っていった。個人的にはいい形なんじゃないかなあと思います。
――加奈と圭介を見ていて、よく言われる「恋愛と結婚は別」という説について考えさせられました。柄本さんはこの説についてどう思われますか?
柄本 僕個人は、恋愛と結婚が別とは思わないですね。結婚ってある種、ずっと恋愛し続けているような状態でもあるじゃないですか。そうではないところもあるかもしれないけど(笑)。でもまあ、ずっと恋愛し続けている状態で言えば、僕なんかからすると恋愛と結婚は同じことかなと思いますね。
――結婚されて10年になりますが、結婚前と後とで愛の質が変わった、みたいなところはありますか?
柄本 ほぼないですけど……、これはまあ、変わったことと言うのかな。不思議なもので、ただ名前を書いてハンコを押すだけですけど、婚姻届けを出してからお互い、別々に飲みに行くことが増えました。逆に。多分、安心感なんでしょう。もうこれでちゃんと夫婦になれた、ということで。それまでは、口約束じゃないけど、何か基盤がなくて不安定なんでしょう。でも届けを出すことで、社会的に夫婦ですよって認められて、自分たちも家族だという意識になって。そうしたら、安心感からかお互いがお互いの友達と別々に飲みに行くことが増えた。具体的にはそこが一番変わりましたね。
――見えないつながりが生まれるんですね。
柄本 やっぱり、何もなくはないんでしょうね。何か作用している気はします。具体的な質の変化みたいなことではないんですし、あくまでうちは、の話ですけど。
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いい関係でいる秘訣は結果を求め過ぎないこと

――努力的なところで言うと、良い関係を保つために何か意識的にされていることはありますか?
柄本 えっ、うーん、こういうことをたまに聞かれるんですけど、特別何もしてないんですよね。まあでも、お互いがお互いを尊重し合う、とか。ありきたりなことになっちゃいますけど、お互いにラクでいられるというか、無理はしない、みたいなことは意識しているのかなあ。無理はしないって言葉で言っていても、絶対無理は生じてくるもの。そうしたときに焦らないとか、コトを急ぎ過ぎないとか、そういったことを大事にしているかもしれません。分かりやすい言葉にすると、結果を求め過ぎない、みたいなことかなあ。
――今って何でもすぐに答えが出るから、愛の問題もすぐ解決しようとしちゃいますもんね。
柄本 そうそう、情報社会と言われる世の中だとついつい、ね。俺、こないだ聞いてびっくりしちゃったんですよ、1.5倍の速さで映画を見る人がいっぱいいるって。まあだから、そういうことですよね。何をするにも急いで早く早く、ってなっている。でも早さよりも、たとえば見たい映画が見られないっていう時間がけっこう良かったりするじゃないですか。で、ようやく見られたときには、見る力というのが明らかにみなぎって強くなっている。「どのシーンも絶対見逃さないぞ」って。回り道なり道草なりっていう時間が人間を豊かにするような気がしているので、夫婦関係もそういうことですかね。はい、すいません(笑)。
――このドラマでは「夫婦の話し合い」もテーマになっていましたが、ご夫婦で話し合いはよくされますか?
柄本 それはしますね。話し合いと言われると、そんな大げさなものではないですけど、会話はすごくすると思います。わりと会話したいほうなので、他愛のない会話みたいなのはずっとしているほうだと思いますね。
――ちなみに柄本さんは、愛情表現はよくされるほうですか?
柄本 まあ、言わないことはないですよ。別に必要以上に言わなかったりとか、「男がそんなこと言えるか」みたいな関白宣言みたいなこともないので(笑)。妻に対しても、娘に対しても、ごく自然に……。だから普通のご家庭より言ってるほうかなあ。
――どんな言葉を言われるんですか?
柄本 恥ずかしいから言いません!(笑)。
――今作は愛をテーマにしたエピソード集ということで、柄本さんが愛にまつわる作品で好きなものも、是非教えていただけますでしょうか。
柄本 うーん、僕は普段、全く無作為に作品を選んで見ているんですよね。朝起きてシャワー浴びて、新宿なり渋谷なり出たら、時間の合うものを片っ端から見ていくんです。
あー、でも『卒業』という映画を見たときは、愛について考えたなあ。ダスティン・ホフマンの有名な映画で、あれは一見すると愛の作品じゃないですか。ラストで結婚式場から花嫁さんを奪って、2人で逃げてバスに乗り込むって。でも実は、あの映画の要ってその後にあって。バスに乗るまではいいんですよ。だけど乗ってバスが走り始めた後、途端に「果たしてどうしよう」って顔になって終わるんです。あそこが勝負どころなんですよね、あの映画って。
――たしかに、現実なら逃げてからがスタートですよね。
柄本 そこまでは愛とか若さとかそういったことで突っ走って。で、2人は「良かった良かった」と意気揚々とバスに乗るんだけども、一息ついてみたら果たしてこれで良かったのか?って。不安しかない顔で終わるんですよね。あれは愛の簡単じゃなさ、というか……。いろんな見方があると思いますけど、『卒業』という映画の到着点は、果たしてこれが愛なのか、という提起にある気がして。これもある種、愛の面白い表現の仕方ですよね。
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――まさに、若いViViの読者世代なら一度は見てみるべき作品ですね。
柄本 あと、愛をテーマにした作品だと、『パンチドランク・ラブ』も好きですね。ロマンティックコメディなんですけど、情緒不安定でキレやすい主人公が、ある女性にのぼせ上るんだけど、何かね、2人が「アンタの顔を握りつぶしたい」とかそんなこと言いながら営んでいるんですよ(笑)。ちょっと変わり者同士で、どこか逃避行的な愛の映画ですごい好きだったんですよね。
その主人公の男がね、日本で言うところのベルマークみたいなやつを集めているんですよ。で、それでマイレージを貯めて旅行に行って、2人でバカンスを楽しむみたいなのとか、妙におかしくて。あと、主人公をゆする男も出てくるんですけど、そいつがまたいいんですよ。フィリップ・シーモア・ホフマンて俳優さんが演じているんですけど、俺、あの映画を見た後、彼のモノマネをよくしていました。彼が電話口で「シャ、シャ、シャラップ!」って言うシーンがあるんですけど、それを同級生とコトあるたびに言っていて。まあコアすぎて誰も分からないんですけど、当時はそういうのも含めてどっぷりハマっていましたね。
――いわゆる素敵な恋愛作品より、ひとひねりある作品のほうがお好きなんですか?
柄本 素敵なものも好きですよ。『或る夜の出来事』とか、是非見てもらいたいですね。ラストがシャレているんですよ。偶然出会った男女が、いろいろあってモーテルの一部屋に泊まり続けるんですけど、犬猿の仲なので間に毛布を引っかけて部屋を区切っているんです。でもいろいろあって、とうとう2人はお互いへの愛に気付く。それで映画のラストが、2人の間にかかっていた毛布が落ちる、いうところで終わるんですけど、あれはシャレていたなあ。どんな話だったかは全然覚えてないんですけど(笑)。
――たくさんオススメしていただいてありがとうございます。
柄本 あっ、あとアレ! オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』! この映画の一番重要なところって、某国の王女であるオードリー・ヘップバーンが、抜け出した先で出会った新聞記者のグレゴリー・ペックの家に行ったところだと思うんです。最終的に王女はお城に戻って、記者たちから「ヨーロッパの旅でどこが印象的でしたか?」と聞かれ「ローマ」と答える。……という物語ですけど、実はそのグレゴリー・ペックの家を訪れたときの時間経過がポイントなんですよ。
――『ローマの休日』は見たことがある人が多いと思いますが、時間経過とは……??
柄本 オードリー・ヘップバーンがグレゴリー・ペックの家に行って、その後描かれるのが、2人で夜の街を歩いているシーンなんです。ということは、家で2人きりになってからかなりの時間が経過しているんですよ。そこで2人が営んだか営んでいないか……、実はこれこそが非常に重要で。あそこで何もないと、あの「ローマです」っていうラストのひと言に行けないと思うんですよ。みんなわりとこの映画を綺麗に見たがるんですけど、俺は絶対あそこで2人が結ばれたと思っていて。ただただ記者と一緒に楽しい1日を過ごしたというだけじゃ……。もちろんそれも含めて楽しい思い出なんですけど。みんなね、そんなふしだらなことはない、というふうに見るんですけど、そのふしだらがあって初めて、あの映画は深みを増すと僕は思っているんですよね。
――このお話を聞いてからViViの読者世代の子が『ローマの休日』を見ると、すごい勉強になりそう(笑)。
柄本 それはどうか分かんないですけど(笑)。でもまあ、今パッと思いつく限りでは、好きな愛の作品というとそんな感じですかね。
――最後に、柄本さん自身がお仕事において「いい仕事ができたな」と実感するときってどういうときか、教えていただけますでしょうか?
柄本 この『モダンラブ・東京』もそうですけど、やっぱり出来上がりを見たときに、自分を忘れて「おもしれー!」と思えたときですね。ある種、自分が関係なくなったとき、というか。基本的に僕は、恥ずかしいから自分が出た作品って「見てみて」とはあまり言わないんんです。でも、たとえば石井隆監督の『GONINサーガ』という映画とか、自分はどうでもいいからとにかく見て見てっていう気持ちでした。「めちゃめちゃ面白いよ!」って。そういったときはある種、「いい仕事ができた」という言い方をしていいのかな。だから逆に、自分のことを度外視できないときはそうじゃないということなのかもしれないですね。
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Prime Videoが豪華監督と俳優陣で送る、オムニバス形式の7つの愛の物語。柄本さんが出演しているのはEpisode2『私が既婚者と寝て学んだ事』。大学で生物学の教員として働く加奈(榮倉奈々)は、フリーライターの圭介(柄本佑)と離婚したばかり。夫婦のすれ違いを生んだ“愛とセックスの関係”を知るために、マッチングアプリで知り合った男性たちとその場限りの関係を結んでいく。男性たちの本音を聞くうちに、加奈も自分では気づかなかった本心に向き合っていく……。10/21より配信スタート
柄本佑
東京都出身。2003年に俳優デビュー。2018年公開の映画『きみの鳥はうたえる』で数々の映画賞を受賞し着実に実績と人気を積み上げていく。2022年はドラマ『空白を満たしなさい』、『初恋の悪魔』のほか、映画『殺すな』、『痛くない死に方』現在公開中の『カラダ探し』など出演作が多数。公開待機作には『シン・仮面ライダー』がある。
衣装の問い合わせ先
サスクワァッチファブリックス
https://sasquatchfabrix.com
Photos:Tohru Daimon
Interview&Text:Naoko Yamamoto
Styling:Michio Hayashi
Hair&Make-up:Kanako Hoshino