前篇では、『クィア・アイ in Japan!』(2019年)に登場したKanさんに、英国で結婚した同性パートナーとの出会いや、10代の頃に抱えていた悩み、大きな転機となったカナダ留学について話してもらいました。後篇では、ちょっとお話を広げて、「プライド月間って何のためにあるの?」「カムアウトされた内容を、他の友達に話してもいい?」など、当事者以外からよく寄せられる疑問や、当事者とかかわるときに大切にしたいことなどについて、Kanさんと考えました!
PROFILE:Kanさん
大学在学中のカナダ留学を経て、卒業後に渡英。ロンドンの大学院でジェンダー・セクシュアリティについて学び、帰国後に化粧品会社に入社。2019年にNetflixの人気番組『クィア・アイ in Japan!』に出演。2021年イギリスに再び渡航し、英国人の同性パートナーと結婚。現在、ロンドンで生活中。今回のリモート取材にて、Kanさんからの第一声は「こんばんは」と日本時間に合わせた挨拶。Kanさんの「相手へ寄り添う意識」を早速感じる場面がありました。
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プライド月間やLGBTQ+の
言葉はいらない?
その考えは、少し残酷かも
——6月はプライド月間。日本でも特に若い世代でLGBTQ+への理解が深まっていますが、なかには「なぜわざわざプライド月間と名付けて運動を起こさなければいけないんだろう?」と現状へ疑問を感じている声があるのも事実ですよね。
Kan 例えば、特に日常生活でつい男性に対して「彼女はいる?」、女性に「理想の彼氏は?」と尋ねてしまうのは、いまの世の中では恋愛することや異性愛、シスジェンダー(生まれてきたときに割り当てられた性別に違和感のない人)であることが当たり前で、自分の目の前にいる人がLGBTQ+の当事者かも……という発想がないからだと思います。
この状況だと、当たり前以外の人は「存在しない」ことになってしまうのですが、本当は存在しているし、大変なことも沢山ある。だからこそ、「自分はここにいるんだよ」と声をあげなければいけない。当事者からしたら毎日がプライドパレードであってほしいくらいですけど、無理ですよね。だから年に1回、プライド月間があるんだと思っています。決してどんちゃん騒ぎのお祭りではなくて、パレードに参加している人たちが訴えている内容は、婚姻の平等であったり、トランスジェンダーの権利であったりと、参加グループによってさまざまです。
プライド月間はアメリカ・ニューヨークで起きた「ストーンウォールの反乱」がもとになっているんです。1969年6月にマンハッタンのゲイバーに警官が踏み込み、居合わせたLGBTQ当事者らが警官に真っ向から立ち向かったことが発端となり広がった権利運動が、現在の動きにつながっています。
——その他にも、「わざわざ自分が性的マイノリティだって言わなくても良くない?」「LGBTQ+っていう用語や区分って必要?」との意見を耳にすることもあります。
Kan 自分を表す言葉がなくても大丈夫な人もいると思うのですが、それは社会が認識しているカタチにその人自身が当てはまっているからだと思うんです。無自覚に特権を持っている人たちもいるんですよね。
例えば、男性の身体に生まれて、恋愛対象が女性である人は「僕はストレートのシス男性です」とわざわざカムアウトする機会はないと思います。LGBTQ+って言葉はいらないんじゃないか、と思える人はわざわざ自分の状況を言葉に出さなくても生きていける人で、それはある意味でラッキーなのかもしれません。
声をあげなければ存在していること自体を分かってもらえない人や、社会のなかで生きていけない人にとって、「(LGBTQ+という言葉を)言う必要はないのでは?」という考えは残酷かなとも思います。

2017年ロンドンで開催されたプライド・パレードに参加したKanさんとパートナーのトムさん
「あの人って、ゲイなんだって」
カムアウトされた内容を
人に勝手に話してはダメな理由
——私自身もイギリスで暮らしていて感じますが、日本とは違って、いまは同性パートナーがいることを伝えても周りから驚かれることはほぼないですよね。
Kan イギリスでは2014年から同性婚が合法化されていたので、僕はここでトムの配偶者として暮らせるし、働けるし、医療にもアクセスできます。反対に日本では、トムとは法律上の「家族」になれないのが現実です。
そういう法律的なことはもちろんなのですが、「個人はそれぞれ違っていて当たり前」という考え方がイギリスの社会にあるのを感じます。セクシュアリティやジェンダーのことももちろんですが、「こうじゃなきゃいけない」というのが良い意味で薄く、「個人は個人」という発想が日本よりあるように思います。
——今回伺いたいのが「アウティング」についてです。(※本人の了解を得ることなく、性のあり方など本人が公表していない個人に関する情報を暴露すること)なかなか理解が難しいという声もあり、過去に日本でも友人へのカムアウトを勝手に広められたことが自殺に繋がった痛ましい事件も起きました。一方で、「私はあなたがLGBTQ+であることは気にしてないから、私から他の人にも話してもいいよね?」という考え方の人もいます。アウティングをしてはいけない理由は、どこにあるのでしょうか?
Kan まず考えなければいけないのは、「いまの社会の在り方」だと思います。残念ながら、いまの社会は性的マイノリティに偏見があって、差別も実際に存在しています。悪気があるかないかにかかわらず、当事者が実際にいじめを受けたり、嫌な思いをしたりする可能性があるいまの社会で、相手についての情報を勝手に話せば、知らず知らずのうちに相手を追い込んでしまうかもしれません。カムアウトは、する人とされる人のあいだでの話であって、自分に話してくれた=周りにも言ってもOKとはならない。
あとは「あの人、本当はゲイなんじゃない?」みたいに、本人がカムアウトしていないことについて詮索や推測をしないのも大事だと思います。善意でも悪意でも、本人が生きづらい環境をつくってしまうのがまずいですよね。
性的マイノリティも、人それぞれ。
「誰かの足を踏まない」ために
一人一人ができることとは?
——自分は当事者ではないけれど、当事者を応援したいという人も多くいます。どんなことが支えや助けになるでしょうか?
Kan この記事を読んでくれているだけで、当事者であったり、LGBTQ+に関心を持っていて正しく学びたいと思っている方々だと思うので、それがまずうれしいです。性的マイノリティと言っても、考え方も育った環境もさまざまです。千差万別だからこそ、近くに当事者がいたら、「何かできることがあるかどうか」を本人に聞いてみるのがいいのかも。同じ当事者でも困っていることや必要としていることは違いますよね。
あとは余力があれば本を読んだり、SNSで情報を探したりしてインプットするのも理解につながるかもしれません。いまは情報が溢れていて、デマや差別に繋がるものもあるので難しいですが、「自分らしさ」を大切にすることを前提にしている情報を選んでいくことがいいのかなと思います。
——取材中のKanさんの言葉選びから、他者への心くばりを感じました。普段から、周りへの理解を深めたり寄り添ったりするために何か意識していることはあるんですか?
Kan ありがとうございます。先ほども触れましたが、「性的マイノリティ」というカテゴリは同じだとしても、その人の住んでいる環境やこれまでの経験がまったく違っているなかで、僕自身は、「できるだけ人の足を踏まない」ように心がけています。それが自分の話し方や考え方に反映されているのかな。
主語を「僕たちは」とか「性的マイノリティは」「彼・彼女たちは」みたいに大きくせず、自分が責任を負えることだけを、自分の感じ方や自分の意見として一人称で話すことも大切だなと感じます。
——最後に、読んでいる当事者の方々へのメッセージをお願いします。
Kan 当事者のNET ViVi読者のみなさんに伝えたいのは、「あなたは、あなたでいいんだよ」「ひとりじゃないんだよ」ということです。残念ながら社会が変わるのには時間がかかっているけれど、絶対にひとりではありません。現に、僕も、ここに居ます。イギリスへ来た当時、Twitter経由で声をかけたりかけていただいたりして、イギリス内でお友達ができました。お茶をしたりして一度オフラインの関係ができると、次はその人の友人とも一緒にご飯を食べて……みたいな流れで人の輪ができていきました。ひとりじゃないことを実感する方法は色々あると思うけど、SNSもツールのひとつですよね。
もし、SNSなどで声をあげている人の中で、もしもあなたに誹謗中傷をしてくるアカウントがあったらブロックやミュートするなど、ぜひ自分の幸せや健康を第一に、どうか無理のない範囲で、と思います。
声をあげる人はとても優しくて責任感が強いと思うのですが、社会に不平等があるのは、社会の在り方の問題です。辛さをひとりで背負うことのないように、長く続けられる、自分にとって心地よいやり方を探すのが大事。プライド月間が終わる来月以降も、ジェンダーやセクシュアリティを問わず、一緒にさまざまなことを考えていければ嬉しいです。
Kanさんインタビュー前編を読む
「なぜ悩んでいるのか
理由を言語化できず
苦しかった10代」
Interview & Text:Manaho Yamamoto