皆さんこんにちは。花上惇(はなうえじゅん)です。一体私が何者なのかって? 私は、悩めるギャルズの駆け込み寺。普段SNSで活動しているラブリーでチャーミングな、今一番ホットなギャルよ(言うだけタダ)。現代社会を生きるやんごとなきギャルの私たちは、常日頃、世の荒波に揉まれながら人生をサバイブしているわよね。
NET ViViで公開中の本連載では、普段エンパワーメントを発信している私が、さまざまな出来事や人との出会いの中で思った考えをシェアしている。今回はこれまで記事で語ったことを改めて振り返っていきたいと思う。
人生で迷った時の答えの見つけ方
人生長く生きれば生きるほど、なんとなく結果を予測できてしまうことが多い気がするの。
目標に向かう途中で多少は想定外の展開に出会う機会はあれど、行き着く先の大半の展開は決まっているもの。それでも人は少しでも素敵なゴールを切ろうとジタバタしがちよね。
それは決して悪いことではないけれど、もしも追い討ちをかけるかのように自分自身を責めて苦しむことがあるのなら、芦田愛菜さんのこの考え方を思い出してみて欲しい。
自分に人生の最終決定権があると思ってしまうと、上手くいかなかったときに自分を責めて辛くなってしまう。だから悩んだ時、まずは自分で考えて、一番納得して行動できる答えを探す。行動を起こしたあとの結果は決まっていて、あとはなるようにしかならない、自分はそこに行くための方法を選んだだけ。そう思えれば納得できるかなと思います
自分は着地点への“道順”を選択しただけ、結果は決まっていて、あとはなるようにしかならない。そう思えたら足取りが今よりも軽くなるのかもしれない。
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とりあえず、あと1日生きてみる
私の心に響いたこの一文。何度この言葉に救われたか分からないわ。
たとえ今日という日がどんなに辛くても、とりあえずあと1日生きてみる。“とりあえず生きてみた1日”が積み重なり“日々”となる。その中で一縷の光が見えてくるものよ。
多くの人は悩みを抱えたとき、本来の自分のポテンシャルを忘れてしまいがち。私たち人間はそういった状況に陥ったとき、本来の自分の魅力や能力を一瞬見失ってしまうみたい。そして最悪の事態ばかりを想定し、自分自身の欠点や落ち度に意識が囚われてしまうのよ。
だからこそ、マライアキャリーの名バラード、『Through the rain』の歌詞ように、
I hold tighter to my faith.(訳:信じる心を強く持つ)
これがとても大切なこと。
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他人にとって、あなたの人生は他人事
やたらとジャッジメンタルだったり求めてもいないアドバイスを押し付けてきたりする人がいる。
まだ分かりやすく上から物を言われれば「はいはい、出ました、マウントね」と思えるけれど、時々巧妙に“善意風”を装う輩がいるのが厄介ね。“あなたの為を思って”感。“普通”や“常識”の尺度は人によって異なるのに、何故こちらがそれに擦り寄っていかなければならないのか。
そして、もしあなたがそれを真剣に受け止めたとしても、相手は意外と深く考えず、無責任に適当なことを言っているだけかもしれないじゃない。他人の意見は、“参考”までに留めておきなさい。自分の人生を決めるのは自分。誰も責任を取ってくれないんだから。
もう少し自分本位に生きていい
かつて私が前職を退職するか悩んでいた時のこと。身体も心も限界だったのに、そんな時でさえ、「今私が抜けたらその穴は誰が埋めるのだろう」、「この仕事は誰が引き継ぐのだろう」、と残される人たちの心配をしていたの。変に罪悪感を感じていたのね。だけどそれは私の思い上がりだったと気がついたわ。
そもそも、たかだか私1人が抜けたところで、それは大した穴ではない。自分のことを過大評価しすぎていたのかもしれないわ(笑)。それに、そんなことで回らなくなってしまうお店なんて、従業員を多めに雇ってリスクヘッジしていなかったオーナーの責任では?と思ったりもしたわね(笑)。
もしもあなたが気を遣いすぎて自分の本心とは裏腹の決断をしてしまっているのなら、それはちょっと頑張りすぎすぎかも。
もっと自由にわがままに。 人にどう思われたっていいじゃない。
「いつか忘れ去られてしまう私たち」だもの。

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人はもっとわがままに自分の幸せを追い求めていい
人はもっとわがままに、自分の幸せを追い求めていいと思うの。もちろん周りに迷惑をかけない範囲でね(笑)。
ある時こんなことを思うようになったの。「もっと自由に生きていいんじゃないか」「私は私のままでいいんじゃないか」って。無理して男らしく振る舞ったり、汚いお肌や短い手足を嘆いたりする必要はないんじゃないかって。だって私の人生は私のものだもの。「どこかの誰かの無責任な言葉に翻弄されるのはもうやめよう」と。
人って必ず死ぬじゃない。生まれたからには死に向かって歩んでいくのよ。そう思った時、私が私でいられる時間ってあとどのくらい? 輪廻転生を信じるとして、次も人間に転生できる可能性ってどのくらい? せっかく私は、私としてこの世に生を受けて私という人生を歩んでいるのに、くよくよしたり落ち込む時間なんてもったいない。
だから私は私のために生きるわ。だからあなたもあなたのために生きてみない? だって自分自身だけが唯一、死ぬまで一緒にいてくれる人だもの。
自分の周りにポジティブなマインドの人を置くべき理由
これまでお悩み相談でいただいたDMの内容には、「30代でミニスカートはイタいと非難される」や「独身でキャリアに生きる女は同情される」、「ボーイッシュなファッションを女らしくないと批判される」などがあった。これらの悩みに共通していることは、どこかの誰かが勝手に決めた“あるべき女性像”という固定観念に縛られ苦しんでいるということ。
そこで、もしもあなたの周りにいる人たちが、上記のような自分を否定ばかりしてくるネガティブなマインドを持った人間だったら、本当の自分は解放しづらいはず。「どう思われるんだろう」とか「またディスられるんじゃないか」とか気にしちゃうじゃない?
自分の内なる輝きを解放したいなら、ありのままの自分を受け入れてくれて、なおかつ「それめっちゃイイじゃない!」って肯定してくれるようなポジティブなマインドの人間を周りに置くといい。そうするとどんどん自分に自信が付いてくる。これでいいんだと思えてパワーがみなぎる。
私の人生は私のもの。親のものでも、友達のものでもないんだから。誰一人として私の人生をジャッジする権利なんてないはずだもの。

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社会人の“選択肢”は無限大
社会に出た人々のあり方は、学生時代のそれとは少々異なる。
学生時代はそこで出会う仲間がすべてであり、その他の選択肢などなく、与えられたその環境下で上手く生きていくしかなかった。
自分に悪影響を及ぼす人間や、単純に嫌いな人間との関わりを避けられないという点では同じに聞こえるかもしれないけれど、少なくとも、今あなたが属するその場所や自分の意志で入社した会社は、嫌なら辞めることもできるし、フリーランスとして働くこともできる。
その“選択ができる”ということが社会人と学生の大きな違い。「自分には特筆したスキルなんてないし……」と嘆く人もいるかもしれない。けれど、そこは頑張りなさいよ、と思うの。
それができないなら今の環境で妥協する以外、道はないもの。何かを手にしたいとき、それを行動に移すとき、リスクを負うのは当たり前の話じゃない?
