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『Deep Love』Yoshiインタビュー後編!援助交際が蔓延した時代と現代に通じる空気とは?

2018.09.16

伝説のケータイ小説『Deep Love』。当時、援助交際や薬物など、若者の過激な社会問題を取り入れた、携帯で読む小説として、今では想像もできないくらいの大ブレイクをしたこの作品。当時はベールに包まれていた作者・Yoshiさんは現在、当時の若者の雰囲気と少し似たものや、さらに危ないものすら、感じているという。詳しく聞いたロングインタビュー、後編スタート!

初ロングインタビュー!’00年代伝説のケータイ小説『Deep Love』の作者・Yoshiって何者?

かつてガラケーカルチャーを支えたケータイ小説の生みの親Yoshi。前編では『Deep Love』を書くまでとその後について語ってもらいましたが、今回は活動を休止してからの話。空白となっていた6年間、Yoshiはなにをしていたのか? そして、援助交際が社会現象となっていた’00年代と現代に通ずる空気とは?

突然活動を休止。沖縄に移住したわけは?

—Yoshiさんはケータイ小説の金字塔となった『Deep Love』を作り上げ、その後、『恋バナ』や『翼の折れた天使たち』などケータイ小説やドラマ原作などの活動を続けますが、いつ頃ケータイ小説家としての活動をやめたんですか?

Yoshi:2010年頃ですね。夢は全部かなえたなと思って、パッとやめて沖縄に移住しました。そこで、6年間くらいなにもしていなかったです。人生のうちでなにもしない時期を意識的に作っていて。固まってしまった価値観のフィルターを通してしか世界が見えなくなってしまっていたので、いったんそれをクリアにするために、なにもしない時期がほしくて。

沖縄に移住したのも、ノイローゼかなとかって周りには思われたと思うんですよ(笑)。でも、僕は自分の人生を自分で選択したいし、みんなにもそうしてほしいと思ってる。固定観念、既定路線、親から言われたあれこれを全部いったん白紙に戻したら、いろいろ見えてくると思います。ただ、それをするのってすごく難しいんですよね。次のやる気が出るまでに6年もかかりました。

『Deep Love』の新作コミックが公開。小説のリライトも進行中

—6年経ってやる気が出たとおっしゃっていましたが、ガラケーがスマホに切り替わり、ケータイ小説も下火になっている中で、Yoshiさんが今したいことってなんですか?

Yoshi:活動を休止する前、最後にやろうとしていたのがアニメ化だったんです。でも、やる気が萎えてしまったのもあったし、あまりにも難しかったので断念してしまって。だから再開したらアニメ化、と思っていました。でも、誰かにアニメ化してもらうのではなく、自分自身で企画からプロデュースまでして実現させたいですね。僕がアニメのこだわるのは、やっぱりアニメじゃなきゃ、小説じゃなきゃ、映画じゃなきゃ、表現できないことって、それぞれにあると思うし、伝わり方も違うって思うんですよね。

——それぞれの媒体にマッチした「伝えたいこと」があるんですね。今回『Deep Love Again』としてコミックの配信が始まりましたが、このコミックで伝えたいことはなんですか?

Yoshi:漫画家さんとお会いした時に愛について3時間くらい話したんです。「本当の愛とはなにか」っていうことがお互いの共通のテーマだったので、そこを掘り下げていったら新しい『Deep Love』が書けるかもしれないと思い、企画がスタートしました。設定は『Deep Love レイナの運命』 (2003年)から10年後くらい。レイナ(アユの親友)が正気を失ってしまったところで終わったので、その後の話っていう感じです。

『Deep Love Again』

≫ Deep Love Againを試し読み

—また今回も重たいテーマですね。

Yoshi:そうですね。「本当の愛」って難しい。ある作家さんが「本当の愛」について書いていたんですけど、その中で、旦那さんが亡くなったら私は生きていけないと思うみたいな話があって。それで実際に旦那さんに先立たれてしまうんですけど、案外生きていけるということに気づいたそうなんです。なぜ生きていけるのか考えた時に、その作家さんは「私がひとりで生きていけるように、旦那さんがしてくれたんだ」って思って。

それを読んで、究極の愛とは、自分がいなきゃ生きていけないという状態にしないことだなと思ったんです。親子関係もそうで、親が先に死んでも子どもが生きていけるようにしなければいけないわけじゃないですか。それが恋人同士でも成り立ったら、それはすごいパワーを持つと思う。

—それって「生きる意味」とも通じますよね。

Yoshi:そうなんです。「本当の愛」をたどっていくと「生きる意味」に繋がっている。『Deep Love』って「深い愛」という意味なので、漫画ではそれを徹底的に伝えたいなと思います。愛について考えたら、じゃあ身体を売ることは果たしてどうなのかとか、お金ってどういうものなのか、っていうこともわかってくると思うんです。十何年も経って相変わらずそんなことを書いています。

実は今、小説も書き直しているんです。小説では「生きる意味」にフォーカスしていて、全然違う人物が出てきたり、エピソードを少し変えたりしています。「時代は変わった」って言いますけど、本当は変わってない。何千年経っても、不倫だのなんだの恋愛で悩んだり、起きている問題もほとんど一緒。人間が悩んでいることがずっと一緒なのは、人間の生きる意味なんて誰も知らないからですよね。

今の若者は思考停止? Yoshiが感じる危険な空気とは

—小説もリライトされているんですね! でもなぜコミックでも伝えたいことがある今、その作業をやり始めたんですか?

Yoshi:社会の空気や今出会う若い人たちの悩みを聞くと、「また伝えたい」っていう気持ちが出てきたんです。当時『Deep Love』を読んでいた人が、もう大人になっているじゃないですか。その人たちって、また次の悩みが生まれてきていると思うんです。

以前の『Deep Love』は、「お金が全てでいいのか」とか「身体を売ってもいいのか」とか、わりと個々の問題に焦点を絞っていたと思うんですけど、その大本って「生きる意味」がわからなくなるってこと。当時は重すぎると思って「生きる意味」まで深く突っ込んでいなかったけど、今回はそこをもっと掘っていこうと思って。

—また伝えたいという気持ちが芽生えたということですが、当時の女の子と今の女の子に通じることがあるのですか?

Yoshi:さっきも話しましたけど、お金に対しての価値観は今のほうがエスカレートしているかもしれない。魂を売ることに対してもなにも思わない。就職の時にリクルートスーツを揃いも揃ってみんなが着る、みたいなことと似ていると思います。選択肢が増えているはずなのに、生きる意味を見出すことを、よりしなくなっている気がします。就職とかも、それが生きる選択ではなくて、仕組みになっているから考えることをしない。それを見て僕は「みんなただただ列車に乗っている人たちだな」と思います。

就活という列車に乗って、就職という列車に乗り換える。列車って乗ってしまったらそれだけで目的地まで行けるから、もう考えなくていい。その反面、すぐにそこから降りてしまう人もいる。両端になっていると思うんです。でも大多数は考えることなく列車に乗り続けている。自分たちで起業するとか、やりたいことを追求していくという人たちと、それに従う人たちに明確に分かれていると思います。

人生を消費しないために。Yoshiが声を大にして言う「立ち止まって考えて」

—レールから外れることに対して恐怖を覚える人も多いと思います。前編の話にもありましたが、その反面で昼職と夜職の兼業も、かなりハードルが低くなってきていますよね。

Yoshi:昼職をやりながら夜は風俗をやっているだとかっていうのを聞いてもすっごく特別なことではなくなりましたよね。今、僕は六本木で飲み屋をやっているんですけど、普通のバイト感覚で入ってくることが、より多くなった実感はあります。

そういうことをしない子たちは「お母さんに悪い気がする」とか言うわけで、そういう一般的な答えは今もあるけれど、夜職自体が悪いのかって言われたらそうじゃないとも思うんです。そこに深く考えが及ばなくなってきたことがちょっと危険だなって。援助交際の時と現象としては似ているんだけど、もしかしたら今のほうが根深いかもしれませんね。

—思索が深くならないということですか?

Yoshi:前はもうちょっと「悪い」とわかってみんなやっていた気がします。悪いことをやるから楽しいみたいな、若気の至りもあると思うんです。たとえば不良も、若い時にしかやれないことだからって結構派手にやりますけど、大人になるとすっごく真面目になる奴が多い。たぶん、今はお金を稼ぐことが生きる意味になっている人たちが多くて。となると、稼げるならばなんでも売るべきということになりますよね。

『Deep Love』の冒頭にも“大人が才能を売って金にしているように、私たちが若さを才能として売っていてなにが悪いの?”みたいなことが書いてあるんですけど、あれは「まず、あなたたちの気持ちは全部わかっているから」という思いで入れた重要な文で。

—そこから考えを深めてほしいと。

Yoshi:その考えを変えたり選択していく方法は教えるし提案するけれど、最後は本人が考えなければいけないことですからね。自分が決めて進んだ道で後悔するならまだしも、流されている子が多いのが危険だと思います。あとになってとんでもない傷を負ったりする可能性もあるのに、「友達がやってるからやってみようかな」とかね。

女子大生に話を聞くと「学校にそういう子はいっぱいいるよ」って言うんですよ。昔はキャバクラの体験入店とかありましたけど、今はちょっと空気感が違う。それを悪いって旗をふって言うつもりはないけど、そういうふうに稼いだお金は消費されていくだけになってしまうし、同時に人生も無駄に消費していることになる。後悔している人たちを見ると、ちょっと立ち止まって考えてもらいたいなと思います。